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2020_1213_165308_01 【44】橋本踏切

Photos: 2020_1213_165308_01 【44】橋本踏切

Photos: 2020_1206_105153 【43】常昌院踏切 Photos: 2020_1213_165619 小金川踏切跡

橋本駅の大阪側にある踏切です。
京都府に入って最初の駅になります。
日本三古橋というのがありまして、
山崎橋・瀬田の唐橋・宇治橋のことを言い、
ここ橋本という地名は淀川の対岸に渡る山崎橋の袂だったことからついた地名です。
これらの橋は、交通の要衝に架かりいずれも飛鳥時代あたりから架橋の記録のある橋ですが、
http://photozou.jp/photo/show/251552/247666212
http://photozou.jp/photo/show/251552/202299508
山崎橋は豊臣政権下で架け直されたのを最後に途絶え、50年ほど前まで渡し舟が存続していましたが
今はそれもありません。

渡し舟になっても交通の要衝という点では変わらず、京街道の淀宿と枚方宿の中間点ということで
間の宿がありました。
幕府の設定した宿場は、今の鉄道・バスと同じで公共性を重んじて、公定価格で安心して利用できる宿泊施設(旅籠)やサービス(籠屋、伝馬、人足など)を提供する代わりに、街道上での独占的な営業を認めていました。旅人の宿泊も公には宿場以外はダメとなっていました。
また宿場の収益確保のため、遊女や飯盛女を置くことも認めていました。
それに対してここ橋本宿のような間の宿は、途中の休憩所として自然発生的にできたもの、休憩茶屋の規模が拡大してできたものです。
http://photozou.jp/photo/show/251552/265532166
明治時代になって幕府の街道制度の縛りがなくなって以降は、橋本宿は遊郭として公的にも認知されるようになり歌舞練場なども建てられて昭和30年代前半までそれで繁盛することになります。

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